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孤独死について

孤独死とはその定義と孤立死とのちがいを教えて

2021年4月17日

孤独死の言われ方として、誰にも看取られることなく一人暮らしの人が住居内で一定期間発見されず死亡していることを表現した言葉として使われています。「誰にも看取られず」という部分、一人暮らしの人が誰にも看取られないことはごく自然なことですがそもそも「なぜ孤独死」というのでしょうか。

遺品整理専門家 萩原 良治

みなさんこんにちは、遺品整理専門家の萩原良治です。今回は「孤独死とはその定義と孤立死とのちがい」という記事を東京都監察医務院やメディアの情報を踏まえ現場で私たちが感じたことなどをお伝えしていきますのでどうか最後までお読みいただけるとありがたいと思います。

私たちは専門家として2018年にドキュメンタリー放送を全世界700放送局で孤独死について先進国がこれから抱えていく新しい死に方を伝えてまいりました。誰にも看取られずに亡くなってしまうということは日本特有の現象であり海外ではファミリー愛の絆が強いために一人で亡くなることは滅多にありません。海外ではそのような死に方について関心があり誰にも看取られずに死ぬことが本当にあるんだということを学び深く悲しんだということでした。

では、なぜ日本では誰にも看取られずに亡くなって発見されて孤独死または孤立死と呼ばれてしまうのかを掘り下げてお伝えします。
それでは、よろしくお願いします。

ポイント

この記事は遺品整理人である専門家が実際の現場での知見を遺品整理で困っている方へ向けて発信している記事となっています。もし、あなたの周りで遺品整理に困っている方がいたらその人に記事を教えていただけたらうれしいです。より多くの方に記事をお届けし悩みを解決することができればと願っています。

孤独死という言葉はいつ頃からできたの

一人暮らしの人が今までに家で亡くなっていることは近年になって起きていることではありません。むしろ人間が暮らす場所は人里離れた山の中にポツンと暮らしている人もいますし、街中でも昨日まで元気だったけれど朝になったら死んでいたということだってあります。

しかし、2000年頃からその「一人暮らしの人が誰にも看取られず亡くなっていた」ということをいかに悲惨な風に表現したのがマスコミでした。マスコミにより一般の方が情報を読み取り孤独死という風に知っていったことから現代にも孤独死と呼ばれています。

孤独死という言葉はテレビなどで取り上げていくようになり次第にパワーワード(影響力のある言葉)として使われ若年層の間でも「さびしいから孤独死する」などと軽く使われるようになってしまいました。

一方で孤立死という言葉も広く知られるようになりました。

孤立死という言葉は誰が使っているの

マスコミなどが悲惨さを伝える手段として「孤独死」という言葉を使い出すようになりましたがそれらと変わらない表現で行政などでは「孤立死」という表現を使い出していきました。

一人暮らしの人が誰にも看取られずに亡くなる=社会から孤立している人が孤立死

社会的孤立しているから孤立死という表現は行政から見る視点では間違いではないのかもしれませんが、一般的に孤立している人が孤立死するわけではない世の中で少し言葉の意味が違っているようにも感じるとことです。

ですが、当時2000年から誰にも看取られずに亡くなった人を表現するにはマスコミも行政もそれらが適当だったのかもしれません。

この記事を読んだ方はこちらの記事も読んでいます。良かったら読んでみてください。

https://shobunya.com/孤独死ブログ/孤独死した部屋を発見したらすぐ教えよう!死臭/

その前はなんて呼ばれていたのか

今は孤独死や孤立死と広く認知されていますが、そのような造語を使う前は「ドザエモン」や「ワケあり物件」などと呼ばれておりだいたい死後1週間くらいが経過している案件が平均的に感じました。

お風呂で亡くなった人は「ドザエモン」お部屋で亡くなった人は「ワケあり」などという風に言えば、察することができたので大々的に知られることもなく片付けられてきました。

土左衛門というのは、力士の名前です。水死体は一旦水に沈んで体がガスを発生しブヨブヨになって水面に上がって来て、ブヨブヨのカラダは力士みたいになることから力士の土左衛門という名前をとって水死体の隠語「ドザエモン」と名付けたのが始まりと言われています。

ですから、川で沈んで亡くなったのではなく浴槽で亡くなってしまっても沈んでガスで体がブヨブヨになることからお風呂でドザエモンと言われていました。マスコミや行政間で孤独死や孤立死という表現言葉を作り現代まで20年間そのように呼ばれておりますがその前はまた違う(ドザエモン・ワケあり)という呼ばれ方をしていた歴史もありました。

孤独死というのは自然なこと

誰しもがこの世に生まれて自分なりの人生を過ごし亡くなっていくということはごく当たり前のことだと思いますが、中にはそれを問題とする人も現れてきたことが論争のきっかけになったことは間違いありません。

生を受けすべての人が病院で手厚い治療を受けて逝去することが当然ではなく、入院する費用などがなく貧しい暮らしをしていた場合自宅で療養することもあったと思います。その時に自宅で亡くなったから孤独死したというのはあまりにもかわいそうに思えてきてしまいます。

むしろ、孤独死が多い地区(団地)などでは孤独死が多くなったのが問題ではなくて人と人が関わり合いが希薄(きはく:密度が薄くなったこと)になってしまった現れとして団結力を作り直す取り組みを考え直すことが必要ではないかと感じます。

ココがダメ

団結力のない地域を隠して孤独死が増えてきたことを問題にするような自治体も現れました。

実際に孤独死の何が問題なのかを説明しないまま自治体は名声だけを売りにするようになりマスコミや行政を取り込み活動を広げていきました。

しかし、インターネットの普及もあり様々な情報が飛び交う現代でその「問題」にする思考もみんなが考えるようになりました。死ということは誰しもが避けられない現実であり人ごとのように思っていたとしてもいつかは自分事になる事ですから孤独死の何が問題なのかを伝えることがマスコミの仕事だと思うのです。

  • 誰にも看取られず亡くなること:誰しもが家で療養していれば起こりうる現実
  • 誰にも看取られず一定期間発見されずに死亡していること

わかりますか、「一定期間」という部分。一定期間というのは何日を示しているのかわかりませんし2〜3日と言われていることもございますが要は、近隣住民が臭いで気付いてしまったことで孤独死となることが定義付けされています。

孤独死の定義付けは非常にあいまいで全国的な正式な統計もありません。東京都監察医務院などでは亡くなってから遺体に損傷がなく早くに見つかって警察の調べで事件性がない場合などでは「異状死」という判断になりますし孤独死・孤立死という事にはいささか決定的にはならないと感じます。

しかしながら、マスコミや行政では孤立や孤独という部分をフォーカスして伝えていることで「悲惨な死」という取り上げ方をしてしまっています。これらの1番の問題は、

  • 亡くなってから発見されるまでの期間


が1番の問題点でありそれに向けたソリューション開発をすることがこれから求められていくのだろうと思います。

年間3万人の孤独死社会

孤独死は年間にすると約3万人もの人が誰にも看取られずに亡くなっていると言われておりますがその統計はあいまいな点が多いためはっきりとした数字はわかりません。

夫婦で暮らしていてもどちらかが3日くらい旅行に行っている間に留守番の人が急な発作で死亡していて、帰って来てから発見し連絡しても異状死となる場合もありそれが孤独死と言われることなどにはならないので孤独死の統計にはなりません。

そして、高齢者施設で夕食の準備をしている最中にテーブルの椅子に腰掛けたまま亡くなってしまっていたり、朝になって起きてこないから宿直の当番が見に行ったら息をしていなかった場合でありどちらもすぐに救急車で病院へ搬送しても「老衰」として死亡確認が行われたりすると孤独死の統計にはなりませんので3万人というのは少ないようにも感じてしまいます。

どこからを孤独死と断定してしまうのかはやはり死後日数が経過していても難しい造語となるのではないでしょうか。
マスコミにより孤独死という言葉は広く認知され一人暮らしだったから孤独死だったという風潮にはなって欲しくはないと思います。

故人には遺族がいることを忘れないでほしい

まだ身内を亡くしたことのない人にはわからないかもしれないのですが、

  • 「孤独死」という言葉は遺族を傷つける言葉


になるのではないかと私たち専門家は感じています。様々な家族関係があると思いますが故人を亡くして孤独死という言葉を投げかけられてしまったらどのような気持ちになるかを想像できる人たちになってほしいと願うのですが、実際のところマスコミによる言葉の刷り込みは非常に強力で若年層が悪気なしに使ってしまうような言葉になってしまっていることも残念に思います。

1ヶ月に1度、1週間に1度と故人と家族が連絡を取って安否確認していたとしても近所が孤独死と騒げば孤独死のあった物件という風にレッテルを貼られ所有しているオーナーも託されている管理会社も気分のいいものではありません。

何よりもかわいそうなのは連絡を取り合っていたのにも関わらず次回訪問のときに亡くなっていたという現実を孤独死という言葉で「孤独だったから」という決めつけをされてしまう遺族がかわいそうに感じます。同居できればそれでいいですが事情があり同居できなかったとしてそんな風に孤独死という言葉を浴びせられたらと思うと不憫でなりません。

孤独死や孤立死に代わる言葉

多くの現場や遺族と接して来て思うことは孤独死と孤立死という言葉は適切ではないということ。

現場の近隣の話を聞いても昨日まで挨拶や言葉を交わしていたけれど、急に見なくなって何日かしたら警察が来て遺体を運んで行ったから最後の言葉をかけてあげられなかったという人が少なくない。
自宅死の具体例

孤独死・孤立死という感じを見るといかにも「誰とも接点がない人が死んだ」という風に感じてしまうと思うが実際の現場はそのような人は本当に少なく、昨日まで普通に暮らしていた人が多いことに驚きがある。それなのに孤独死と呼ばれてしまう現実はもう一度人の死を見つめなおすべきだと思うし家族を急に亡くした遺族がそこから何年もかけて罪悪感と戦いながら這い上がってくることに気を使うべきだろうと思う。

このままの現代ではいけないし人を傷つけるだけの世の中ではいけないと思うし、数多くの現場を見てきた私たち専門家は孤独死ではなく、

私たちが適切だと思う言葉

  • 自宅死
  • 自然死

というのが適切ではないかと思い現代へ伝えているわけですがなかなか思うように伝わっていないのが現実であり、やはりパワーワードの孤独死や孤立死という言葉に押されてしまっているところは少なからず感じている。

もし、あなたが思う適切な言葉があるならばぜひコメントしていただければありがたいと思うしSNSでこの記事を広めてもらって人の為に考えてもらいたいとも願っています。自分が一人で誰にも看取られずに亡くなった時に「コミュニケーションを取っていたのにも関わらず孤独死」と言われないためにも私たち遺品整理の専門家は伝えることも努力は惜しまないし故人を亡くした遺族のためにできることをしていきたいと思う。

「なんでもっとしてあげられなかったんだろう・・・」と罪悪感と戦いながら前を向いて生きる遺族を思い浮かべてください。

もしあなたが身内を亡くしたことがない年齢ならば、悲しい時に辛い言葉を投げかけられてどう思いますか?ということ。

もう孤独死なんて言葉は使わないで

これは私たち遺品整理業者からの切実なお願いです。日々現場で奮闘している遺品整理業者、故人の見るに耐えない肉片の一部や何かに例えることができない腐敗臭を遺族の代わりにお部屋を綺麗にしてオーナーへ返すために全力を尽くしています。

故人が使っていたものを見るのは最後だからと部屋に入る遺族が泣きながら遺品を見ていること、自分よりも先に子供が先に亡くなってしまった遺族を見てきて冗談でも、ネタでも「孤独死」なんていう言葉はもう使わないでほしい。

実際に現場で話を聞くと心臓発作や脳の動脈解離、低血糖、ヒートショックなどの急な事情で亡くなっている人の方が多いんです。コミュニケーションは近隣とも良好で通報してくれたのも近隣でただ、一人暮らしだから孤独死と言ってしまう人が少なからずいる現実があるのですが故人のためにも遺族のためにも孤独死なんて言葉は気をひくために作ったマスコミの造語であるからそれを使わないでほしい。

なぜならば、あなたも遺族と話したらわかるから。

お礼

遺品整理専門家 萩原 良治

最後まで記事をお読みいただきありがとうございました。今までもこれからも人は生まれたら自分の人生を過ごして死にます。アナログ世代もデジタル世代も死ぬことに変わりはありません。ただ人の死を「孤独死という造語」で語って欲しくはないと思い記事を作成いたしました。

私たち専門家集団は孤独死を自宅死という表現に変えています。それは、孤独だから死んだわけではないことを知っているからです。もし、孤独死ということを知らなかったと、今日知ったという方がいるならば自宅死に変えてください。

家族を亡くした人であればこの記事の内容はわかると思うのですが、亡くした遺族に罪はありませんし追い討ちをかけるように孤独死なんて言い放たないでほしいのです。

どうかそのような場面に立ち会った時この記事で書いてあったなぁと思い出していただければ幸いです。そして、良かった記事を知ってほしいと思う人がいるならばSNSなどで拡散していただければと思います。
あなたのその優しさは人のやくにたつかもしれませんので孤独死ではなく自宅死、もしくは私はこう思うなど行動を起こしてくれたら嬉しいです。

貴重なお時間に記事をお読みいただきありがとうございました。
遺品整理専門家、認定遺品整理人:萩原良治

追伸

あなたが「何かを選ぼう」と思ったとき、どれくらい時間をかけて選びますか?

3時間? 3日間? 3週間?

もし、その選択が満足できるものであれば、できるだけ早く選択を決意したほうが、あなたの大切な時間が救われます。
しかし、私たちは選択に時間をかけてしまいます。

なぜ、時間をかけてしまうのでしょう?

その理由はカンタンです。
ご依頼者さまの背中を押してくれる確かな情報が少ないからです。

背中を押してくれる情報が少ないからこそ、

「本当にこの選択でいいのだろうか」 「この選択で後悔しないだろうか」

ということが頭をよぎってしまうのです。

では、そんなことが頭をよぎらないくらい、ご依頼者さまが求める確かな情報が十分に集まったサイトがあればいいのではないか、 私たち遺品整理クリーンサービスはそう考えました。

私たちクリーンサービスは、遺品整理業界における【情報の届け方】を本気で変えたいと思っています。

ですので、遺品整理の情報がどこよりもたくさんあって、しかも透明性のある作業画像とホームページの信頼性を重視してご依頼者さまに発信しています。

遺品整理業者でひとくくりにしてしまうとどこも一緒になってしまいます、しかし経験のない会社やご遺族に与えられたご用命にしっかり応えられる会社は数社しかございません。後悔しない選択はどこにもない情報を発信し、少しでもご遺族に貢献できる業者を選択することです。

クリーンサービスとの出会いが、ご遺族にとって確かな選択となることを願っています。

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