
孤立死や孤独死が社会問題化されていく一方で、私たちが遺品整理専門として感じる事は孤独死というよりも「自宅死」と呼んだ方がよいのではないだろうかと疑問に思い今回の記事を作成いたしました。これを最後までお読みになれば孤独死よりも自宅死の方がネーミングが良いと思われる結論に至るかもしれませんのでお付き合いください。
孤立死も孤独死の違いについて
孤立死とは、
社会から孤立した状態で亡くなり、長期間気付かれない状態で発見されたこと。特に独居高齢者や社会になじめない若年層でも起きている事例となります。
孤独死とは、
誰にも気づかれずに一人きりで死亡する事。独居暮らしの人が老衰や病気で助けを求めたが報われず急に亡くなり、しばらくしてから発見されるというケース。
孤立死防止対策取り組み事例の概要
自治体より報告のあった279事例について、見守り活動等を実施する際の手法・手段等により次のように分類を行い、それぞれのタイプ別に代表的な事例について紹介
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12000000-Shakaiengokyoku-Shakai/0000034190.pdf
厚生労働省社会・援護局地域福祉課より
自宅死が孤立死や孤独死よりも良いと思う具体例

なんで孤立死っていうの?

そもそも孤立死という言葉は行政言葉であって一般にはなじめない言葉なんだよね。

孤独死は?

孤独死も一緒で孤立死を少し一般的にわかりやすくしただけですべてを孤独死とするのはどうかな・・・と思うよ。

孤立死・孤独死ってすごく悲しいイメージがわいてくるんだけど・・・

どうして?

だって、社会から孤立していたってことでしょう。

そうだけど・・・

社会から孤立していて死亡したから孤独死って。そして孤独死防止とかって意味がわからないよね~

確かに・・・

だって、両方とも長い間気付かれないで亡くなったってさ~

・・・。

長い間気付かれない・・・行政は何をしていたの?見守り?お守り?

ごもっとも・・・。

介護保険でお金が掛かって孤独死。

行政では、定義を付けるために孤立死っていう言葉を作ったけれどそれは、保護などを受けている方で本当に身寄りがない方が孤独死をしたっていうことなんだよね。

ひとによって違うわよね。

そうです、保護を受けていて身寄りがない方は行政の管轄する住宅に住んでいる人もいれば、保護を受けていて自宅で暮らしている人もいる。

なんか、孤独死ってひとくくりにされているように感じるんだけど

そうですね、「孤立・孤独」どちらもすごくさびしくなるようで見放されてる感じですね。

孤立してる人が孤立死、孤独な人が孤独死、変なの。

そうなんだ、言葉ではそういう表現になってしまう。

じゃあ、孤立してなくて死んでしまったら?

そうそう、そこなんです!どちらも死亡してから長い間発見されなかったことという定義だけど周りの人たちにも問題があるのです。

急死ならば孤立していなくても起こるでしょう

友人がいても急死して発見が遅れる場合もすごくあるんですよ。それもひとくくりに孤独死と言ってもね

そうでしょ~

例えば、友人と会って次は1ヶ月後に会おうと言って別れた後に死亡して1か月後に発見されたというケースも実際にありました。

そうなの?

高齢になると友人も亡くなっていたりして友人が多くいる人もあまりいないし、連絡も友人同士であまりとることはない。そうなった時に発見が遅れるケースも現実に起きているんだ。

見守りは?

はっきり言って、すべてに見守りは機能していない。

なんで?

私たちが遺品整理をしてきて思ったことを具体的に言うと

うん

亡くなった故人は、悲しいと思っているかどうか。周りがかわいそうと思っているだけではないのか。

えっ?

自分が死んだらこの世の事はわからない。だけど発見が遅れたということは周りが人に関心がなく発見されたときにあわれんでいるだけではないのか。

どういうこと?

となりに住む人がどのような人かわからない・・・という人は近年、都会だけではなく多くなってきているよね。

うんうん

引越してきても周りにあいさつするわけでもなく、過ごしていて人のことには興味がなくなってきている。

忙しくて、そこまで気が回らないのよ

回覧板のある地域は比較的孤独死は少ないと思う、だけど、回覧板のない地域はほとんどが地域交流はないよね。

回覧板は知らないなぁ

となりの人を最近見ない、いつもと違った臭いがするというのは気付くと思うんだ。

だけど、通報までは

そう、そこまではしない。その間に発見されない期間はどんどん長くなる。

すぐ連絡したら良いの?

なかなか難しいですよね。

一般的には、警察に報告するよりも管理会社に連絡するかも

そうです、しかし何戸も部屋があると誰かがするだろうという意識があってなかなかしないもんなんだ。

そうなの、悲しいわね。

そして、いろいろな物件を清掃してきてわかったこともあるんだ。

なに?

近所の方と話をしたりして、最後は自宅で死にたいという願望があるということ。

そうなの

孤立しているわけでもなく、病気をして腕が真っ青になるまで点滴を打たれて延命されるよりも、自宅でポックリ逝きたいということ

なるほど

病院で死ぬより、自宅で死にたいという人が本当に多いということをこの仕事をやってきて知った。

治療代掛かるもんね

長期間発見されないのは残念だけど、「自宅でポックリ逝ってすぐ発見されたならばそれが本望だと高齢者はいう」

看取りの時代の変化ね

だから、私たち専門は考えた!私たちがいるのは先人たちのおかげだし尊厳を持ち孤独死ではなく「自宅死」と名付けようと。


そのほうがいいかも

看取ることが当たり前の時代から、いまは自分で死に方を選ぶ人も少なくない。私も思うけれど発見が早く自宅でポックリ逝けるならば自宅死の方がよい。

その発見を早くするのにはみんなの意識が必要ね!

だから回覧板制度をもっと有効にして自宅死しても見つかるようにしていくことがこれからのあたらしい看取りかも・・・

みんなは、どう思うんだろうねぇ
自宅死も孤立死も孤独死もどれもかわらない
このページの記事をお読みになって、自宅死も孤立死も孤独死も一緒だろうと思われる方もいると思います。思われるとおり誰にも看取られずに亡くなった死ということは一緒かもしれませんが、日頃現場にたずさわってきてかんじたことは、すべて孤独死にくくってしまうことはいかがなものかという疑問を解消できないかなぁと思いました。
孤独死という言葉は思っているよりも直撃する
誰もが年を取ることは避けることはできません。ですが(孤独)=死という言葉は本当にその人が孤独だったのであろうか疑問です。孤独だったから死んだのではなく、発作を起こして死んだのならばそれも孤独死になってしまうのか?

みなさんは、ご自分がもし、亡くなって遺族が孤独死させてしまったの?と言われるよりも自宅死だったの?と言われるのではどうおもいますか?
人にはそれぞれの人生があると思います。そして病院で看取る時代から自宅で死にたいと思う方が少なくありません。つまりは、ご自分でどのように死にたいかを選べる時代になってきているのだと思います。それぞれの人生、それぞれの死に方。孤立死・孤独死というのは孤立や孤独ではない人にとってはとても悲しい言い方になってしまいます。
言葉は想像を超えてしまうことがありますが、先人たちに尊厳をもって送るならば孤独死よりも自宅死が故人に対する良き表現であり、遺族にもやさしい言葉なのかもしれません。
最後に、もしよかったら・・・応援ポチよろしくお願いします!

みなさん、こんにちは!遠藤メメです!
このサイトでは、更新情報を「Twitter」「Facebook」「Google+」などでつぶやいています。
あなたの生活に役立つ遺品整理の知識や、私たちの日常作業など(※部長には内緒です)をつぶやいていますので、もしよかったら・・・フォローしていただけるとうれしいです!