誰にも迷惑をかけず、静かに生きて世間の片隅で「ひっそりと死ぬ」そんな孤独死。しかし世の中ではその孤独死を遂げるには準備が必要になります。

孤独死の準備として死を尊厳してもらうことが必要なんだよね。

どうして尊厳してもらうことが必要なの?

病気で回復の見込みがなく意識さえ失い植物状態になっても人工呼吸器や経管栄養などの延命処置によって生きさせられる、その状況を望む人ってそんなにいないと思う。

最後に苦しむのはちょっと…

そうだよね、しかし今の日本ではきちんと意思表示しないと延々と延命治療を続けられる恐れがあるんだ。

どうして?

親戚がいれば本人が意識不明になっても代理で意思表示してくれるという期待はできるけど、

孤独死予備軍が多い現代では一人暮らしの人が自分で意思表示する文書を用意しておかないといけないんだ。

意思表示がポイントとなるのね。

孤独死というと自分の家で心筋梗塞や脳梗塞などで突然死というイメージもあるけれどすべてがその突然死で孤独死に至っているわけでもないんだよね。

確かにそうかもしれない

一人暮らしでも体の具合が悪くて病院で受診することはあるしそこで重大な病気を発見されてすぐ入院ということもある。

なるほど

最後を迎えるにあたり「意思表示」をしないと自分の意に反して延命処置をされることもあるんだよね。

延命処置は中止できないの?

その状況に立った人ならばわかると思うが、ひとたび延命治療を始めたら中止することは難しいんだよね。だから、本人が延命治療を望むか望まないかをはっきりさせないといけないということ。
延命治療の中止で戸惑う医療現場
呼吸を補助し命を支える人工呼吸器を外す。これはかつて医師が殺人罪に問われかねない行為として医療界でタブーとされてきた。

これは「人生の最終段階を過ごしたい場所」の厚生労働省がまとめた報告書なんだけど、どこで医療を受けたいかの調査だけど・・・

どうなっていたの?

一般の国民は居宅が37.4%、しかし医療関係者は最高で66.6%が居宅で過ごしたいとなっているんだ。

病院で患者さんの苦しみを見ると居宅で治療を受けたい気持ちになってしまうこともあるんでしょうね。

一般の人は治療方針などがわからないために医療機関で過ごさざるを得ない事になってしまうけれど医療従事者はしっかりと自分の将来も考えて行動しているといえるのでは。

でも、意識調査をみると家族で話し合っていることは少ないことに気付いたわ。
人生の最終段階における医療に関する意識調査-厚生労働省公表版
人生の最終段階における報告書

「本人の意思」と「親族の同意」が大切なことになってくるんだ。

確かに親戚で同意していない人が一人いたら延命処置を外すことはできないし、みんなあきらめていてそれに反対しているような気がして同意したりしてしまうこともあるかもね。

高齢者の一人暮らしが増えている今、誰にも看取られることなく孤独死をする人も増加している。

なにが原因なのかしら

背景的には、高齢化社会と核家族化そして社会からの孤立があるよね。

高齢化は自然なことだけど核家族と孤立はちょっと・・・

孤独死は身寄りがなく気軽に話せる友達や知人、地域とのつながりを持たない人に起こることが多いのですよ。

孤独死はどの世代が多いの?

現実的に孤独死の発生年代は60代や70代が最も多くなっているけれど、若い世代20代から30代も貧困や病気で社会から孤立した状態で一人寂しく孤独死に至ってしまっています。

若い世代もおおいのね・・・男女?

女性よりは男性の方が多くは感じる比率になっているね。

家事が不得意で生活の質が低下する事で健康を害しやすくなり自分ではどうにもならない状況になっても外に助けを求めることができない男性が多いのですよ。

そして、コミュニケーションが苦手な人も多く、定年になった後会話する相手は妻しかいなく、妻に先立たれてしまえば誰とも話すことなく時間が過ぎてしまう日々になってしまうのです。

今後はどうなるのかな?

高齢化はさらに拍車がすすみ、孤独死も増加の一途になると言われていますがこうした中での対策は強制的にコミュニティーに参加させるのではなく、「本人の意思」を聞くことからだとおもうんだ。

そうよね、コミュニティーや見回りみたいなことをやっているけれどあれはちょっとって思うところがあるわよね。

健全な人同士が自治会でお茶を飲みながら決めているし、実際に孤立してしまう人の話を聞いていない。むしろ自治会で決めたことだからと強制を強いることは生きずらい世の中でもある。

どうしてなのかな?

自治会の人たちもコミュニケーション能力が優れているわけでもないからね、妻が先だった人の気持ちの心の穴を埋めることはできないのかもしれないよね。

なんで孤立してしまうの?

それには様々な理由があって最近では高齢者と若い世代の時代の差があってこんな風に・・・
高齢者が「キレる」!?その実態は
駅のホームで電車を待っている間にスマホをいじっていた若者に、
年を重ねるにつれて「怒り」のコントロールが難しくなる現象。
実は脳科学者の間では以前から自然なこととされています。
「怒り」の感情は脳の「大脳辺縁系」というところで作られています。その怒りを抑制する役目を果たすのが「前頭葉」です。
脳機能が低下することで、耳が遠くなることや記憶力が衰えたりします。
その結果、他人の話がうまく理解できず、感情の爆発につながる面もあるようです。
ただ、妻に先立たられてから金融機関の窓口で「書類に不備がある」と一方的に指摘されたときに・・・
現役時代は良き上司、しかしリタイアしたらただの爺さんで思い切りバカにされたように感じたそうです。それでキレる。
孤独死の準備として「リヴィング・ウイル」

孤独死への準備としておすすめしたいのがリヴィング・ウイルなんだ。不要な延命処置をお断りするリヴィング・ウイルの作成

リヴィング・ウイルってなあに?

かんたんに言えば「意思表示の文書」ということかな

聞かない言葉だから何を書けばよいかわからないわね・・・

自分で作成する場合は最低限以下の4つは書いておきたいね
- ただ単に死期を延ばすための延命処置は断ること理由
- ただし苦痛を和らげるための適切で十分な緩和医療は拒否しない事理由
- この文書は自分の意志で作成したものであること拇印
- この文書を作成した時点、自分の判断力は健全であったこと(日付や健康診断異常なし時)

この文書は自分にも家族にも役にたつわね。

次に万が一に備えての身辺整理

自分の持ち物の片付けね!

リヴィング・ウイルを用意したら次は万が一に備えて、同じアパートの住人や大家さん、友達や知人に余計な迷惑を掛けないように身辺整理を進めていきましょう。

なるほど、身辺整理ね。

自分の遺体がゴミ屋敷のように雑然とした部屋に横たわっているのは気分の良いものではないもんだからね。

後片付けするのも荷物が多いと大変ですもの。

死ぬ時までに家財道具を減らして必要最低限のものが遺された部屋にしておきましょう。

発つ鳥は後を濁さずってこと

自分の死期を感じたら、食料のように短期間のうちに消費してしまうものだけ買うようにして家具や家電やその他もろもろの身の回りの品は買わず今あるものを使う。壊れていたり、すり切れていたりして使わなくなっているものは捨てる。

そうやってモノを減らしていくのね。
「ミニマリズム」が生活にとって良い切実な理由

必要最低限のものだけで生活するという生き方が「ミニマリズム」として話題になっているよね。

私は正反対でモノがいっぱいあるかな。

きれいに死ぬための準備が結果として流行の生き方になることは素晴らしいことですよね。

身内に迷惑をかけない生き方ね。

モノを持たない美学がステータスだけではなくてそれにはもっと切実な理由があるんですよ。老後を快適に生きるための準備なのです。

どういうこと???

「何かにつまずいて骨折した」っていう話を老人から聞いたことない?
年を取れば身体能力は確実に低下するよね、若いころはなんでもない2階への階段が年を取ると果てしなく感じたりする。

2、3段登ると休んでしまうよね、お年寄りになると。

あわてると転んでけがをしたり、骨折したりすると入院して寝たきりになってしまうこともあります。

年を取ると直りが長引くそうね、かんたんに治らないって。

階段から落ちて死亡することも、床に無造作に置いてあるものにつまずいて骨折ってことも。

あらま、物が多いのは・・・

それだけではなく、トイレに行こうとしても停電だったため足元が見えず進めなくてその場で漏らしてしまったり・・・

聞いたことあるわ

それはひどく自尊心を傷つけ老人のこころを精神的にむしばんでいきます。

この年になって漏らした・・・ってこと。

誰にでもプライドはあるから、そういった面も含めモノを持たない生活というのはいいことなんだよね。
身寄りがなく、「かかりつけ医」を作っておく重要性

人が亡くなったら役所に死亡届を出さなくてはなりません。

かかりつけ医は必要なの?

必要です、死亡診断書や死体検案書を添付するので書けるのは医師です。

それでかかりつけ医が必要なのね。

孤独死が現実的な年になれば、年に何回かはからだの不調は起きるものですし慢性的な疾患もあるでしょう。

だからおばあさんなどは受診の折に健康状態や生活状況を伝えているのね。

そして、大家さんにはもし万が一のことがあったらということでかかりつけ医の連絡先を教えておくのもよいでしょう。

第一発見者は連絡を受けた大家さんが濃厚ですものね。

かかりつけ医に連絡すれば死亡診断書あるいは死体検案書などを書いてくれるでしょう。

書いてないとどうなるの?

死体として警察に監察医に渡され解剖などに回されます。

万が一の対策は必要ね。

無事に死亡届を提出すれば役所から火葬許可証(埋葬許可証)が交付され火葬から葬式という手順となるでしょう。

火葬許可証が必要なのね。

その際遺言に、どのような葬式を望むのか、望まないのかを記載しておきましょう。遺言に葬式もいらない、散骨してほしいとだけ記すならば、お墓の心配もいりません。散骨して遺骨がないので納骨やお墓を立てることもありません。むしろ究極の孤独死となるでしょう。

準備する人は最後まで考えてますものね。
孤独死になりやすい人の傾向
- 外につながりを求めず距離を置く人
- 仕事をしていない人
- 定年退職をしたが独り身の人
- 病気を患っているがまだ死ぬわけではないと思っている人
- 自殺願望の強い人
- 生活保護受給者の人

孤独死をする人の特徴を挙げてみたけれどそれだけではないのが現実なんですよね。

様々な要因で亡くなるケースがあるんですよね?

もちろん、突然死で何日、何か月も発見されないケースも増えているからこれが要因になるとは限らないんだ。

難しいことなんですね。

孤独死をゼロにするっていう人もいるけれど、それはきれい事

実際に死ぬまで元気なそぶりをしている人もいるし、人に付きっ切りでいられないでしょ?

確かに、他人が付きっきりって・・・

孤独死というのは現代だから表に出てきて、昔からあるものだから増えただけの話。

人口が少なければまた水面下の言葉になってしまう?

それが日本人の特徴なのか、少なくなれば「何日ぶりに孤独死が発生しました」という表現になるのかもしれない。

日本は「何年ぶり」とかっていう表現が好きですよね。

天気予報でも何年ぶりとか何年以来とかよくやってますね。

孤独死というのも今、騒ぎたい人たちが見守りとか防ぎたいとか言ってるけれど本当に防ぐのは核家族化になった今、大変な事だと知ってほしいよね。

むずかしいですね、確かに。

孤独死という言葉が怖いイメージならば「自宅死」とかにすればよいのに。

自ら選ぶ孤独死の人もいるでしょう

孤独死が悪いとされているが選んだ本人は本望なわけで準備をして旅立つならば社会も安心して死ねる社会にすればよいんだ。

そういえば、前に在宅医療の先生方と話したことあったわよね?

そう、昔は家で亡くなることが多かったしかかりつけ医を呼んで家で死亡を確認してたよね、今でも昭和時代のドラマなどでは表現されていると思うけど。
医師がもっと在宅医療のお医者さんに権限を譲渡すれば在宅医療の医師も死亡届が書けるんだけど・・・

けっこうスケールがおおきい!?

いや、実際に孤独死に直面した遺族は「孤独死は迷惑を掛ける」なんて言われたら悲しいと思うよ。

大多数が問題扱いしてるものね。

孤独死が問題ではなくて人の問題だよね。

それは、私も思う。

「尊厳死」どんな死に方であれ今、自分がいるのは感謝しなければ故人は悲しい。あなたならどうおもいますか?
