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故人が最後まで生きた証をご遺族に代わり整理する遺品整理人

それは故人の生き様を肌で感じさまざまな故人からのメッセージを目の辺りにする。

現在では遺品整理業という言葉が認知され始めたが私たちが15年前に創業したときは遺品整理という言葉はなかった。

むしろ遺品を片付ける仕事というだけで人から避けられたりすることもあった。

そんな中時代は変わりTVドラマや映画などで遺品整理人という言葉が世の中に受け入れられるようになってきた。

 しかし、TVや映画はそれなりに作ってある部分が大半なため現実とは異なるケースが存在する。

それらは本当の現場をしらない製作者または監修者によって放映されているからである。

TV(報道)で取り上げられている本物の遺品整理人とは

私たち「遺品整理人」は年に何千件ともいう現場をこなし本当の現場で故人からのメッセージや現状を伝えている。

そこには伝えられない現実もあるが大切なのは「故人の死を持って現代人が生き方を学ぶこと」であるといえる。

本当の現場で働いているスタッフが報道を通して故人からのメッセージを伝えることは現代において人と人のコミュニケーションがどのように

なっていて自分たちが最後を迎えるときも先人たちのように最期を迎えたいという思いにつながっていくのではないだろうか。

もちろん遺品整理業のなかでも広告塔にメディアを利用している業者もあるがそんなものは実績がなく中身が不十分である。

私たちはそのようにならないように現実を多くの方に伝え、そして現代の方に生き方を考えてほしいと願っている。

遺品整理人とは命と向き合う仕事

遺品整理人は現場でいろいろな光景を目にすることが少なくありません。

  • そこには志半ばで自ら命を絶ってしまった故人が残した遺品
  • そして病気で満足な治療も受けられずにお部屋で死亡してしまった現実
  • 逝去するにあたって残った遺族へ向け大量に書いた遺言書
  • 故人が飼育していたと思われるペットなど

最後は片付ける気力もなくなってしまい部屋中がいらないものでいっぱいになってしまっている現状

人と人のコミュニケーションが滞りなく通っていれば回避できたであろう現実がそのまま部屋に残っている。

私たちはそのお部屋に入ったときに「臨場」を感じる。

一番緊張するのは部屋に入るときで、他人の部屋に入るだけでも少しはドキドキすることはあると思うが亡くなった故人のお部屋に入るときは緊張感があふれ

なんとも言えないたとえることのできない思いがある。

「時が止まった瞬間」がある

故人のお部屋にある空気、それはほんの数日前まで暮らしていたかのような時が瞬間に止まってしまったかのような空気が存在する。

部屋に入ってしまえば他人の暮らしていた部屋と一般的には思うのが普通だろう。

しかし、数人で入るよりも1人で部屋に入ってみると人間は違った感覚を覚えたりもする。

 

部屋には干したままの洗濯物や、食事の支度をしようとしていたコンロに作りかけの食材、敷いたままの布団に付いた嘔吐物

それらすべては故人が最後の瞬間まで「生きていたという証」なのである。

 

目にするものそれらがすべて遺品となっている。

残された遺族は思い出との格闘を心の中でする、しかし思い出との決別はかんたんにできるものではない。

私たち遺品整理人ははっきり申し上げてしまえば他人、だからこそ遺品整理ができるのかもしれない。

かといって、他人行儀で作業するわけにもいかない。

 

遺族の変わりに遺品整理をする以上故人に対しての敬意は持っている。

通常の精神力では到底できないであろう「遺品整理人」

悲しさがないわけではない、遺品整理をしているときは「こころのブレーカーを落としている」のだ。

 

悲しいことは悲しい、しかしご遺族と同じ気持ちでその場で作業していては遺品整理が進まくなる。

それは故人とご遺族に失礼だろう。

 

依頼していただいたご遺族に真摯にお応えし故人に対し敬意をもって接することが遺品整理人の流儀だと思う。

これからもいろいろな物件で故人が生きてきた証を目にするが私たちの伝えたい思いは

故人からのメッセージという生き方を伝えていきたい。

 

最後の遺品を旅立ち先へ-遺品整理クリーンサービス

公式サイト  http://www.shobunya.com