人間は生まれた瞬間から死に向かって生きています。
それでもあなたは生きていてよかったと思えるのでしょうか?

この世界も途方もない時間をさかのぼったときに生まれています。
この世界も始まりがあり終わりがあります。

遠い過去、遠い未来そんなことを考えていると自分の生きている時間なんてないも等しいと思ってしまいます。
でも今この瞬間は生きてここにいます。

時が過ぎ何も残らないのだとしても今、幸せだと思えるこの瞬間がかけがえもない瞬間だと思います。
生を受けそれを思えることができたこと、生きているだけですばらしいとそんなふうに思います。
DSC01352人間は、何のために生きているのかを時々忘れてしまいます。

五体満足ならば尚の事ですが必ずしも皆、五体満足で最後を迎える方は多くありません。

私たち遺品整理人が目にする光景は一般の方からすると「縁起でもない」という現場なのかもしれません。

しかし、だれもが避けては通れない人の死なのです。そこには生前に使用していた遺品と呼ばれるものがあり故人が一生を過ごすためにそろえた生活の必需品があるのです。

私たちクリーンサービスの現場には孤独死や自殺などの現場がみなさんの思っている以上に依頼がありますが、そこで感じることは「まだまだ生きたかったけれど生きられなかった」

という現実の光景なのです。

もし、あなたが自分の死期を知っていてカウントダウンが毎日あればどうして、どのように毎日を過ごすのでしょうか。毎日を一生懸命に過ごすことにより良い人生が過ごせることは間違いありません。それは悔いのない人生そのものなのだからです。

ただ、孤独死や自殺という最後を迎えてしまったことについては「時代」が変化してしまったことによる愛情の薄れた感覚が大きく起因しているのではないでしょうか。

メディアや新聞で取り上げられることが多くなってきている遺品整理業ですが、それに伴い「アルバイト」や「給料」、「求人」などの遺品整理に関する検索が増えています。ただし、遺品整理業というのはかんたんになれるものではありません。何を見ても強い精神力がある人や本当に人のために何かしようとしている人でなければ勤まる仕事ではないのです。

引っ越しと同じに考えている方も少なくありませんが現実はもっと過酷な仕事です。

今、何にも病気がなく過ごしている方も将来的にはなにが起きるかわかりませんし自分がどのような最後を迎えるかなんてわかりません。

しかし、「死に方は変えられないかもしれませんが、生き方は変えられるのではないでしょうか」

孤独死という最後を迎えてしまうと、遺体は夏場ならば2日で腐りますし発見が遅れれば遅れるほどウジやハエも大量に発生してしまいます。

人を食べてしまったハエは、攻撃的になり私たちが部屋に入った瞬間に威嚇攻撃をしてきます。

まず、遺体で一番最初に害虫に食べられてしまう人間のパーツは「目」です。

孤独死が一部のメディアに問題化されている中で私たちは現実を見て思うことは問題化させてしまっているのは人に対し愛情が希薄化してしまっている一部の人間なのだと感じます。

なぜ、そのような最後を迎えてしまうのかを考えてみると日本の情勢が一向に上方しない、未来を現実に感じられない、老後に対する社会的不安などたくさんの不安材料が目に入ってきてしまうからではないでしょうか。

たとえばの例を挙げるならば、

日本という大きな船の舵取りを国民に任せられた政治家の頑張っている部分を映し出すメディアではなくダメ出しの部分ばかりを映し出すメディアを見ていれば一般的には政治に対する期待は当然ながら薄れることは確かではないでしょうか。メディアが頑張っている部分をもっと引出しテレビなどで映し出すことができれば発展した国がもっと力を発揮できる原動力が生まれるかもしれません。

テレビをつければ「誰かが不正な政治献金を受け取った。」とか「党が合併してまた分党した」などとい一般的に見てもつまらない映像が流れている。本当に大切なのは誰かが金儲けをしているかではなくて日本国民全員が安心して暮らしていけることを第一に考えていければよいのではないでしょうか。

子供を産んで安心して育てていける社会つくり、「野次を飛ばしているだけで日本が良くなるのか」

私たちクリーンサービスは、人の過ごしてきた最後の部屋に入りその人の生きた証をそこで感じて後世に伝えたいメッセージなどをサイトで配信していこうと思っています。中には利益目当ての遺品整理業がおりますがそれらは次第に信用というものを得られずに廃業へと進んでゆくのでしょう。

そうならないためにも私たちクリーンサービスは一般的な遺品整理業と差別化を図り、ご遺族の気持ちにこたえられる仕事を遂行していこうとスタッフ一人一人が考えています。

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